2026年6月現在、水墨風アクションゲーム『墨境』の累計販売数が20万本を突破した。本作を世に送り出した北京の若手2スタジオは、開発途中で深刻な資金難に陥り、借金でスタッフの給料を工面する窮地に立たされていた。さらに、正式リリース直前にはパブリッシャー側の不祥事によってSteamストアページが削除されるという、インディー開発者にとっては絶望的な挫折を経験。しかし、彼らは決して諦めず、自力でこの苦境を切り抜けて成功を勝ち取った。












現在の同時接続者数はピーク時で7,832人を記録し、ユーザーレビューは87%の「非常に好評」を維持している。価格は65元(約10,075円相当)で展開される買い切り型のインディータイトルだが、平均年齢30歳未満のチームが3年の歳月を費やして完成させたこのプロジェクトは、約1,500万元(約23億円強)の売上を叩き出すヒット作となった。開発陣は公開した感謝状の中で、「幾度もの危機に直面したが、プレイヤーの支えがあったからこそ完走できた」と吐露。「皆様を『衣食住を支えてくれる父母』と呼ぶのは決して大げさな表現ではない。楽しく作り、楽しく生きるという初心を忘れず、より面白いコンテンツを届けていきたい」と、感謝と抱負を述べている。
『Hades』の系譜を継ぐ、中国産ローグライトの新回答
『墨境』のプレイフィールは、Supergiant Gamesの名作『Hades』を彷彿とさせる。ハイスピードな見下ろし型アクションと、ステージ内でのビルド構築を軸としたローグライト要素がゲームの核だが、そこに中国の開発陣ならではの「独自の解釈」が加えられている。舞台となるのは幻想的な『聊斎志異』の世界。プレイヤーは女侠・丹珠となり、水墨画のような美しい山河を駆け抜け、妖魔を討つ。単なる「雑魚散らし」の無双ゲーに留まらず、本作の醍醐味は極めて奥深いステージ内の成長システムにある。
ビルドの要となるのは「墨宝」システムだ。召喚陣を駆使する「道術流」や、白猿に変身して暴れ回る「近接戦闘流」など、手に入る「奇珍」や「丹薬」との組み合わせ次第で、ゲーム中盤以降は火力が爆発的に跳ね上がる。画面を埋め尽くす華麗な水墨エフェクトと共に、群がる敵が一瞬で消滅する快感。この「遊べば必ずカタルシスを得られる」設計思想は、アクションゲーマーが求める「正のフィードバック」を的確に突いている。
一方で、課題もゼロではない。ビジュアル面では、水墨画風のアートスタイルと現代的なアニメ調のコマ割り演出に若干の違和感があるとの指摘や、打撃音のフィードバックに粗さが残る部分もある。一部のスキルでは「心の耳で打撃音を補完する」必要がある場面も見受けられるが、圧倒的な「ビルドによる爽快感」という核がしっかりしているため、これらの粗削りな部分はプレイヤーからも許容されているようだ。
ストア消滅の絶望から、コンテンツ拡充での逆転
本作の開発ロードマップは波乱に満ちていた。2024年にアーリーアクセスを開始し、2025年の正式リリースを予定していたが、2025年1月3日、パブリッシャーの663 Inc.がSteamから追放されたことで、ストアページが一方的に削除されるという事件が発生。コミュニティの熱量と売上が生命線のインディーゲームにとって、これは「家を焼かれた」に等しい打撃だった。特に期待値が最高潮に達していた時期だけに、チームへのダメージは計り知れなかった。彼らはBilibiliやQQグループで「帰る場所がなくなった」という悲痛な公告を出しつつも、「絶対に逃げない」と宣言。数ヶ月にわたる法的な申し立てと自力での復旧作業に奔走した。
最終的にSteam側の対応でページは復旧したが、失った信頼は大きかった。彼らはここで、あえてリスクの高い決断を下す。2025年3月の予定を白紙に戻し、11月まで延期。その代わり、コンテンツ量を2倍に増やすと約束したのだ。当時は「また半年待たせるのか」という不満も噴出したが、結果としてこの「沈黙の半年間」が本作を傑作へと進化させた。ステージ数は4章から8章へ、ボスは9体追加され、アクションの根幹であるコードもゼロから書き直された。この「地獄の時期にコンテンツ量で殴る」という執念が、後の高評価へと繋がったのである。
若手スタジオの共闘と、業界に刻んだ「中式」の足跡
「30人のチームで作ったとは思えない」――Steamのレビュー欄で散見されるこの言葉は、北京の「犁浦工作室」と「楓葉工作室」という2つの若手スタジオへの最高の賛辞だ。両社は2022年の交流会で意気投合し、「美術・シナリオ」と「プログラム」という互いの強みを活かす形でタッグを組んだ。しかし現実は甘くなく、投資環境の冷え込みにより資金がショート。リーダーたちは自腹を切り、借金を重ねてまでスタッフの給料を支払い続けた。その総額は約1,000万元(約15億円)にのぼる。
このZ世代を中心としたチームは、技術的な混乱も「1ヶ月でのコード全刷新」という力業で解決し、伝統的な五行相克システムをあえて捨てて「インフレ重視の爽快路線」へ舵を切るなど、柔軟かつ野心的な開発を続けた。その結果、2025年末のWePlayゲーム展で「最も期待されるインディーゲーム」にノミネートされるなど、着実に実績を積み上げていった。
『墨境』の成功は、単なる一タイトルのヒットに留まらない。2025年から2026年にかけて、PCゲーム市場では「ローグライト×アクション」の融合が必須条件となり、武侠や志怪といった「中国独自の美学」が世界市場のメインストリームへと浮上した。Steamが2026年初頭に「武侠/仙侠」を独立したカテゴリーとして新設したことは、『黒神話:悟空』や本作が世界中で受け入れられたことへの直接的な回答だろう。もはや西欧ファンタジーに寄せる必要はない。自分たちの文化と、洗練されたゲームデザインがあれば、世界は獲れるのだ。絶望から這い上がった『墨境』の20万本という数字は、後に続く若き開発者たちにとって、何よりの希望の光となるだろう。
結び:灯を繋ぎ、炎を燃やす
2025年の「ストア消滅」という暗闇から、2026年の「20万本突破」という光の中へ。『墨境』が歩んだ道のりは、まさにゲーム内のビルド構築のように、スクラップ&ビルドを繰り返した逆転の軌跡だ。トップクラスの予算がなくても、パブリッシャーのトラブルに見舞われても、プロダクトに誠実であればプレイヤーは応えてくれる。本作は、中国のインディーゲームが「生き残り」から「勝利」のフェーズへと進んだことを証明した一作といえるだろう。
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